Footprints

「カゲロウの成虫には口がないからね。」


「え・・・?」


聞いた瞬間、思わずグッと黙り込んでしまいました。実を言うとしばらくの間、軽く絶句していたのです。


自分の無知さに背中を丸めたくなるような恥を感じると同時に、今まで何回も何回も見てきたはずの光景に改めてはかなさと美しさを見つけ、ぼんやりと夢を見ているような気持ちにすらなりました。


カゲロウは成虫になると数日経たない内に死ぬように体が作られているそうです。


口も、腸もない。だから羽化した後はエサも、水分すらも摂らない。あまりにいさぎよい生き様。


調べたら、この星でそんな虫はカゲロウだけだそう。

そして命を全うした彼らの亡骸は多くの魚たちの栄養になります。


佐藤成史さんと私の目の前で風に揺られながら一斉に上昇したり、下降したりしながらも、空中に一筋漂う光の帯になって離れようとしない彼らはその命を繋ぐためだけに、ほんのひと時、その透明な身体を輝かせていました。


昨年、佐藤成史さんが宮崎に来てくれた時に教えてもらった沢山のこと、そして私たちが受けた影響。


昨年まではルアーオンリーのアングラーがほとんどだった私たちの中にも、フライフィッシングを始めるメンバーが増えてきました。


ただ、佐藤さんはこうもおっしゃいました。


「釣り方なんか関係ありませんよ。フライも、ルアーも、テンカラも、エサも、みんな One of them なんです。」


大事なのは魚を愛し、自然を大切にしようとする心。おそらくそう伝えたかったのだと思っています。そしてそのためには知っておいた方が良いことがたくさんある、とも。


私自身、今までは何となく気持ち悪いとしか思えなかったハリガネムシや、刺されるとなかなか腫れが引かなくて大嫌いだったアブさえも、佐藤さんのお話しを聞いた後ではいとおしく、またある種の畏敬の念をもって見ることが出来るようになりました。



今回は宮崎県串間市を主に流れる福島川に生息する日本最南限の在来ヤマメに関するシンポジウムが先にあり、そこでもパネラーの方々から目が覚めるような学びをいただきました。


そしてその後3日間の取材釣行。行き帰りの車中では、私たちの活動の参考になるお話しをたくさん聞かせていただきました。


「いい魚が育つためには、いい川が、いい川が存在するためには、いい森が必要なんです。」


こうやってまとめてしまうと、当り前過ぎて耳をすり抜けてしまいそうなフレーズなのですが、そのために考え、行動することがいかに難しく、でも大事なことか。


そして何より、人間のエゴが美しい自然や魚たちに与えてきたネガティブな影響がどれほど大きいか。


まずはきちんと知り、みんなに伝えること。


そしてゆっくりでも、少しずつでもいいから行動すること。


これはきっと私たち米良鹿倶楽部の使命でもあります。


養殖技術が発達している今、大きくて、引き味が強いトラウトが放流されている場所は全国各地にたくさんあります。


また、東北にはあのサクラマスが、北海道には手付かずのネイティブがいるとも聞きます。


そして、ここ九州には色彩豊かで遺伝的多様性に富むトラウトたちがいます。


私たちは彼らとこれからどうやって接していけばよいのか。


「楽しく遊びながら、魚と環境を守るために活動する。」


シーズンインして1ヶ月。このフレーズをどうやって形にしてゆくか、毎日そのことが頭の中をめぐっています。


美しいトラウトたちに接するためには、美しい釣り人でありたい。


それは、ファッションであり、タックルであったりもするでしょう。

しかし何より、正しい知識とマナーを身につけることがきっと1番大事なこと。

幸運なことに私たちは2年続けて佐藤さんと多くの時間を過ごさせていただきました。


膨大な経験と知識、絶えることのない釣りへの情熱。

そして、豊かな自然を次の世代へ引き継いでいきたいというエネルギッシュな想い。

教えていただいたこと全てをすぐに行うことは難しいかもしれません。


ただ、それでも一歩一歩確実に進んでいきたいと思います。


その大きく美しい足跡を追って。


この写真、ガイド最終日の脱渓地点に駐めていた私の車に書いてあったもの。


ご本人によると、「へのへのSeiji」とのこと。


こんな昭和感まる出しのイタズラさえも、私たちにとっては良い思い出。


またぜひ、宮崎へいらっしゃってください。


近い内に。


(文・写真 KUMOJI)



米良鹿釣倶楽部

米良鹿釣倶楽部は、釣りを通じてトラウトの学術研究に対する協力および漁協活動の支援を行うNPO法人です。

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