渓魚歴史浪漫(4)~九州ヤマメ・アマゴ・ビワマス~
(高知県 物部川源流の尺アマゴ:岩槻教授撮影)
過去3回に渡ってヤマメ・アマゴ等の分類について解説してまいりました、この「渓魚歴史浪漫」シリーズ。
(前回からずいぶんと間が空いてしまいましたが)今回は創期ヤマトマスの中にある3つのグループの中で「A3」から進化したグループD、「九州ヤマメ」と、「A1」から進化したグループE「アマゴ」、そして「A3」から進化したグループF、「ビワマス」それぞれのお話しをさせていただきます。
1「九州ヤマメ」とは?
(図1 出典:鹿児島県自然環境保全協会「Nature of Kagoshima vol.47」2020年 6ページより抜粋)
まず最初に、グループD(九州ヤマメ)です。
その名のとおり、九州のみに生息している遺伝タイプで、朱点はなく、その見た目はいわゆる普通のヤマメです。
(九州ヤマメ,グループDのD7,宮崎県福島川産 ※日本最南限個体群:岩槻教授撮影)
そもそも今まで、この「九州ヤマメ」の存在は全く知られていませんでした。
その進化の過程は、上記図1のとおり、創期ヤマトマス(A3) から 九州ヤマメ(D1) に 変異した後、九州一円に広がったいったものと考えられ、九州の各地域で分化した遺伝グループであり、なおかつ九州だけで見つかっている遺伝グループでもあります。
これら九州ヤマメの中には、九州地方で昔から「マダラ」や「エノハ」と呼ばれてきたものも含まれています。また、降海しないでその一生を河川で過ごすという性質も彼らの特徴の一つです。
(図2 出典:鹿児島県自然環境保全協会「Nature of Kagoshima vol.47」2020年 6ページより抜粋)
若干ややこしいのですが、九州ヤマメと同じく朱点が無いグループ B のヤマメとは見た目は同じなのとはうらはらに、遺伝系統は全く異なるグループです。
これらを見分ける1つの目安としては、ヤマメ(グループB)のパーマークには楕円形のものが多いのに対して、九州ヤマメ(グループD)、もしくは創期ヤマトマス(A3)にはまん丸のパーマークのものが多く、これらはあまり養殖ヤマメとして飼育されていないため、在来魚である可能性が高いということが挙げられます。
また、上記図2では、「大分県を除く」とされていますが、従来アマゴ域とされてきた大分県でも、一部の瀬戸内海に流入する河川で九州ヤマメの生息が確認されています。しかしながらこれ以外の地域(北海道、本州、四国、韓国とロシアの大陸側)ではその存在は確認されていません。
2「アマゴ」とは?
(図3 出典:鹿児島県自然環境保全協会「Nature of Kagoshima vol.47」2020年 6ページより抜粋)
次に、グループE(アマゴ)です。
このグループは、いわゆる典型的な、世間一般に知られているアマゴです。朱点が比較的大きく、体の背部から腹部にまでの全体に散在し、その数も多いのが特徴です。
その進化の過程は、上記図3のとおり創期ヤマトマスの中でも最古のタイプ(A1) から 変異した後、各地に広がったいったものと考えられます。
その生息域は、従来言われてきた生息域(大島ライン)とそれほど違いはないのですが、例外として、熊本・大分・福岡・佐賀の4県をまたがって流れる筑後川という大きな川があります。
従来、この筑後川はヤマメ域とされてきたのですが、調査の結果このアマゴ(グループ E)が比較的多く見られます。(出典:大分自然環境研究発表会 大分自然博物誌 -ブンゴエンシス- 第3巻)
また、九州西岸のヤマメ域の他の河川、例えば日本三大急流に数えられる熊本県の球磨川などではグループ E の中のE1という遺伝子タイプのアマゴが散在的に見られます。(しかしここの場合、朱点が無いことが多いです。)
そして、同じく従来アマゴ域とされてきた中央構造線上にある静岡県天竜川の東側にある大井川、富士川、また神奈川県西部に生息している朱点が有るアマゴは、このグループEではなく、朱点があったりなかったりするヤマトマス(グループ C) です。
さらに、中国地方の瀬戸内海流入河川で従来アマゴ域とされてきた川(山口県,広島県,岡山県,兵庫県 等)や四国においても、このアマゴ(グループ E )はあまり見られません。今後、さらなる調査が必要です。
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(アマゴ グループE 静岡県都田川産 :岩槻教授撮影)
このグループ E のアマゴは真のアマゴと言ってよい遺伝系統グループで、いつも基本,赤点(朱点)があります。この点が他のグループとの大きな違いです。
ところで、上記図3で、グループ A の A1 からグループ E の E1 の間に番号の無い小さい丸が2つあります。
これは生物の進化過程を連なる鎖として見た時に,連続性が欠けた部分で、ミッシングリンクといいます。
ミッシングリンクとは具体的に、祖先の群れと子孫の群れの間にいるはずであろう進化の中間期にあたる遺伝子タイプが見つかっていない状況を示しています。岩槻教授はここまで全国のヤマメ・アマゴ等のDNAを調査してこられましたが、まだ見つかっていない遺伝子タイプがあるのです。(ただし、未公表ですが、筑後川や大井川、またロシアの一部においてこのミッシングリンクを埋められる可能性がある個体もいるそうです・・・。)
3「ビワマス」とは?
(図4 出典:鹿児島県自然環境保全協会「Nature of Kagoshima vol.47」2020年 6ページより抜粋)
ビワマスは日本の琵琶湖にのみ生息する固有亜種です。
琵琶湖以外での生息は報告されていませんが、戦前に本州の長野県の木崎湖と栃木県中禅寺湖にビワマスが放流され、それぞれ木崎マス、ホンマスと呼ばれていますが、これらは正式な標準和名ではありません。
このビワマスの祖先である創期ヤマトマス(グループA)のA3 は台湾の国魚であるタイワンマスとも同じ遺伝子タイプで、上記図4のとおり、この遺伝系統からミッシングリンクを7つ経たのちに現れたのがビワマスの系統です。
(ビワマス(木崎マス),グループF 長野県木崎湖産 :岩槻教授撮影)
ビワマスは、九州ヤマメ(グループ D) と同じく、創期ヤマトマスの A3 から 派生・分化したグループで、長い年月を経て琵琶湖において独自の進化を遂げたものだと思われます。
創期ヤマトマスのA2はフォッサマグナより西側、西南日本のどこでもみられ、A3は現在のヤマメ域とされてきた北海道を除く日本に生息する日本で最も繁栄した日本固有の遺伝グループです。
しかしアマゴ域とされてきた従来の太平洋岸や瀬戸内海に流入する河川ではA3は見られません。さらに言うと、この2種は朝鮮半島および中国大陸、ロシアには一切存在しない遺伝子タイプであり、日本の固有的種族グループです。
このことから、ビワマスの祖先である創期ヤマトマスのA3が日本海側から琵琶湖北部の河川に進出し、琵琶湖内で独自の進化した可能性が高いかも知れません。
しかしながら、現在までビワマス(グループ F) の F1の起源だと考えられる創期ヤマトマス(グループ A)のA3 がなぜか琵琶湖流入河川から発見されていません。
いてもいいはずなのですが、いない。
実は、過去に大分県にあった古玖珠湖からビワマスの先祖とされる化石が出土していて(Uyeno et al., 2000)、このことからもしかすると瀬戸内海ルートがあったのかも知れません。更なる検討が必要な状況です。
いかがでしょうか?
ちなみに、グループ AからE までの全てグループ(グループFは琵琶湖のみ)が見られる河川の水系は、九州にある筑後川と大分川および大野川のみです。
しかし、その筑後川、大分川の各水系の個別の支流でも、グループAからEの全てが含まれるわけではなく、そのような谷や支流はほとんどないです。大体1本の支流で見ると、多くても 5 グループの内の 2 グループからなることが多く、またグループ内のハプロタイプは 2~3 のタイプが見られることが多いです。
複数のグループが混在している場合の谷や支流の場合、色彩や遺伝学的特徴の検討については注意が必要です。どのような事が形態や色彩に影響を与えているのかは、今後検討すべき重要課題と言えるでしょう。
またここまで説明してきたとおり、各遺伝グループの生息域には偏りがあります。
日本海の大陸側ではヤマメ(グループ B) と創期ヤマトマス(グループ A) の A1 のみが生息していて、関東より北はヤマメ(グループ B) と創期ヤマトマス(グループ A) の A1 とA3 のみです。
西南日本では、琵琶湖のビワマス(グループ F)を除けば、圧倒的に創期ヤマトマス(グループ A) の A2 が多く、西南日本で解析した個体数の約30% を超えています。
次に、A2と同じくらいの割合か、やや少ないのがヤマトマス(グループ C)で、その割合は約 30%弱です。また、真のアマゴ(グループ E) は 20% を超えるぐらいで、西南日本では朱点が「ある」アマゴは、ヤマトマス(グループ C) の方が多いのが現状です。
残りの九州ヤマメ(グループ D) は西南日本の中でも九州にのみ見られ、その割合は約10% 弱です。最後に九州のヤマメ域から日本海側の山陰地方から新潟にかけて生息しているのがヤマメ(グループ B)で同じく 10% 弱位です。
以上で、4回に渡って解説してきました「渓魚歴史浪漫」のヤマメ・アマゴ等のシリーズは一旦おしまいです。もしここから先、ご興味がある方は、先生の論文を下記リンクから読んでいただくことが出来ます。
その土地その土地に古来から息づいてきた在来魚を守り、育むためには、まずは彼らのことを正しく知る必要があります。先生のご研究が今後日本全国に広まってくれることを切に願います。
また、このシリーズ、いずれ私どものYouTubeチャンネルで岩槻教授に直接解説いただく機会を設けたいと思います。
こちらも乞うご期待です。
(文 KUMOJI)
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