雄はつらいよ(哀愁のミトコンドリア編)
写真は今年、友人が釣った40センチ超えの大ヤマメです。
立派なボディにイカツい顔。写真ではよく分かりませんが、その場で見た感じはきっとオスだったと思います。
こんなに立派で攻撃的な顔をしたオスヤマメ。トラウトアングラーにとってはあこがれのターゲットです。
ただ、どんな立派なオスであってもその遺伝子の中に子孫には全く受け継がれないものがあるとしたら・・・。
何となく男性としてさみしい気持ちになるのは私だけでしょうか?
私たちがここまで、数回に分けてご説明してきた、「渓魚歴史浪漫」シリーズ。
今から60年以上前に定義付けられた「朱点がない=ヤマメ」、「朱点がある=アマゴ」という区別は、遺伝子の解析技術が発達したこの現代において、かなり不正確なものだということが判明しました。
そしてこのことを説明してきたこのシリーズも残すところあと1回なのですが、今回は最終回の前に、研究の肝心要(かんじんかなめ)である遺伝子解析について(そのほんの入り口だけではありますが)お話しをしようと思います。
1 遺伝子ってどこにあるの?
(図1 出典 https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20181221post-68.html )
「遺伝子って一体どこにあるの?」
こう聞かれれば、ほとんどの人が、
「細胞の核でしょ!」
と答えられると思います。そしてそれはもちろん正解です。
細胞核には遺伝子を含んだ染色体という物質が入っています。
例えば私たち人間の場合、その染色体が1つの細胞に46本あり、そのうち44本は常染色体と言われ、残りの2本は男女の性別を決定づける性染色体です。
性染色体にはXとYの2種類があり、女性の場合はX染色体が2本、男性はX染色体とY染色体が1本ずつというように、男女によって異なっています。
46の染色体は父親から受け継いだものと、母親から受け継いだものがペアとなって23組にわかれています。
つまり、父親と母親から半分ずつもらうのが、遺伝子。
と、ここまでは良く知られている事実ですが、、、
実は、生物の細胞には細胞核以外にも遺伝子を持つ器官がもう一つあるのです。
(図1-2 出典(図1に同じ) https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20181221post-68.html)
それが、
「ミトコンドリア」
なのです。
2 ミトコンドリアって何者?
(図2 出典(図1に同じ) https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20181221post-68.html)
約20憶年前という果てしなく遠い昔に、それまで1つの独立した細菌として生存していたミトコンドリアは、別の細菌の体内に飲み込まれてしまいました。
ただ、飲み込まれたと言っても、そこで死んだわけではありません。別の細胞の体内でもしっかりと独自に生き続けていたのです。
その後、私たちを含む動物や植物は、ミトコンドリアの働きを利用するようになり、また、ミトコンドリアは、生存と繁殖に必要な栄養素と酸素が供給される細胞内という安全な場所を提供されることで、うまく「共生(きょうせい)」してきたのです。
そのミトコンドリアは、細胞内で主に酸素を使ってエネルギーをたくさんつくっていて、よく細胞の中の発電所、と例えられたりします。
私たちは、体を動かしたり食べ物を消化したり、いろんなことにエネルギーを使っていますが、そのエネルギーを生み出しているのが、ミトコンドリアなのです。
3 捨てられるオスの遺伝子
(図3 出典 https://www.brh.co.jp/publication/journal/085/research/2.html)
さて、ここからいよいよ本題です。
おそらく多くの人がご存じだと思いますが、子どもは父親と母親から半分ずつ遺伝子を受け継ぎます。
ただしかし、それは上の図で言うと細胞核の中の遺伝子のお話し。
よくよく図を見てみると・・・。
(図3-2 出典(図3に同じ)https://www.brh.co.jp/publication/journal/085/research/2.html)
ミトコンドリアは、(母のみから遺伝)と書いてあります。
え・・・、お父さんのミトコンドリアの遺伝子は一体どうなってしまったのでしょうか?
(図5 出典(図4に同じ) http://alfs-inc.com/DNA/001.htm)
ミトコンドリアが存在する尻尾の部分は、受精と同時に切り離され、父親のミトコンドリアは、受精卵に入れないので子孫には伝わらないのです。
※色々と調べてみると、父親のミトコンドリアは、核の外で母親の細胞組織に分解(!?)されてしまう、という研究もありました。分解って・・・。
昔、多くの子孫を残したいというのがオスの本能で、優秀な1個の遺伝子を欲しがるのが、メスの本能だ、と本で読んだ記憶があるのですが、ミトコンドリアの世界は、私たち人間を含めてオスにはとても厳しいようです。
4 ルーツを探せ
しかし、逆に言うとこのミトコンドリア遺伝子の特性は、母と子の関係を明らかにするためにはとても有効です。
それは人間でも。ヤマメ・アマゴ等の渓流魚でも。
なぜなら、細胞核の中にある遺伝子はその父親と母親から半分ずつもらうため、ルーツを調べるべき対象は、子どもの親が2匹。その親たちが2の2乗で4匹。さらにその親の親たちは4の2乗で16匹、、、。
こんな感じで指数関数的に増加してしまいます。なんだかすぐにわけが分からなくなりそうですね。
ところがミトコンドリア遺伝子は完全に母系遺伝なので、子どもの遺伝子は母親とも、母方のおばあちゃんとも全く一緒なのです。
今回のヤマメ・アマゴの分類は基本的にこのミトコンドリア遺伝子の特性を利用して行われた結果なのです。
最後に、ちょくちょくお見せしているこの図。ところどころに小さな、白い〇があります。
これは、いわゆる「ミッシング リンク」と呼ばれるもので、まだ見つかっていない、もしくはすでに絶滅してしまった遺伝子タイプがあることを示しています。
ミトコンドリア遺伝子は基本的に母系遺伝であり、全く同じものが 祖母→母→子ども と受け継がれるのですが、長い年月を経る中で、遺伝子の最小単位である「塩基」の配列が変化することがあります。
岩槻教授が記したこの小さな白い〇は、その隣りと塩基の配列が「一つだけ」違うことを示しているのです。
そして、大体この図で〇と〇の間、つまり塩基1個分の変化がどれくらいで発生するかというと、約2万年だそうです。(先生と話しをさせていただくと、よく、この「1塩基2万年」というフレーズが出てきます。)
例えば上の図でA3からF1までは白い〇が5個。その間が7つあります。ですから、
2万年×7=14万年
A3 からF1まで14万年かけて変化していったことが分かるのです。
最新の遺伝子解析の技術って、すごいですね!!
今回はここまでです。次回もどうぞお楽しみに。
(文・写真 KUMOJI)
<出典>
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