九州のイワナについて(Memories of the Dragon)

「九州地方に在来のイワナはいない。」


この考えは、1961~1962年(昭和36~37年)にかけて発表された学説に基づくものです。


しかし実はそれよりずっと昔、大正時代くらいには、九州にイワナがいたという伝承が残っている地域があります。


中には、「ここには昔からイワナはいたぞ!」と怒って声をあらげるご老人もいたとのこと。


果たして、本当に、九州にはイワナがいなかったのでしょうか?


これからお話しするのは、数年前の秋、とある谷での出来事です。



教授が地元の古老の方々を訪ねながら聞き出し、類推したその場所。


ガタゴトとした林道を数十分車で走り、水が一滴もない涸れ沢が目の前に現れた時のことでした。


「ここまではねえ、平成6年に来たことがあったんですよ。」


大体25年ぶりかぁ、随分昔の話しだなぁ。。


実は、この前日に別の場所で日がな1日調査をし、思いっきりイワナ釣りをして、しかも深夜までみんなで宴会を楽しみました。


その段取りを担当し私にはさすがに心身ともにドップリと疲労が溜まっていました。

なので、目の前にカラカラに乾燥した岩々が、ゴロゴロと転がっている様子を見ても、


「・・・。」


こんな感じだったのです。


それでも教授だけは、興奮が収まらないようで、ずっと早口で話し続けています。


「きっともう少し上流に行ったら水がありますよ!きっと!」



そこからまた数十分。かなり急な斜面を、落ち葉に足を取られながら昇ったその先、突如「サァァ。」というかすかな音が聞こえてきます。なんと、本当に水があったのです。


でもまさか、その小さな小さな流れにイワナがいるなんて思えません。


ちょっと休憩し、ダメもとでタックルをセットし、半信半疑でスプーンをキャスト、それからポイントを数カ所過ぎた時のこと。


唐突に「ゴツン!!」とグラスロッドに衝撃が走りました。


「ウソ!?しかもデカい!!」直径2メートルたらずの水たまりみたいなポイントに、山吹色の魚体がグネリグネリとうねるのが見えます。サイズはゆうに尺上。


頭が真っ白になるような興奮の中、ネットに収まったのは34㎝のイワナ。いかつい顔の雄。まさかまさかのビッグワン。


その貴重なイワナは教授が大事に生かしたまま大学に持ち帰り、飼育することになりました。


何人かの友人に写真を見せ、研究室で泳ぐその姿を眺めていると、誰からともなくそのイワナには「ドラゴン」という名前が付けられました。その圧倒的な野性味あふれる風貌は、まさしくその名にふさわしいものでした。


それから半年くらい経ったある日、ドラゴンのDNA検査の結果について教授から電話がありました。


小一時間、耳元で話されたその内容はあまりに壮大で、にわかにはどう理解してよいのか分かりませんでした。


残念ながら、その内容はまだ教授がご研究中ですのでまだここでお伝えするわけにはまいりません。


また何かしら研究成果が出て、許可が出た折には是非。



そしてそれからまた半年ほど経ったある日、また教授から電話がありました。


「あのイワナが水槽に頭をぶつけて、そう長くないかもしれません。」


仕事が忙しい時期だった私は、その様子を見に行くことが出来ませんでした。


そして、数日後、ドラゴンは教授に難しい課題を、私たちに壮大なロマンを残して、旅だっていきました。


後日、私はドラゴンの写真を印刷し、フレームに入れて研究室に持っていきました。


「先生、遺影です。」


「あぁ。。ありがとうございます。」そう言って教授は満面の笑みを浮かべました。




確かに、九州に生息するイワナはそのほとんどが放流魚のようです。ですから、未だに九州でイワナは遊漁の対象としては認められていません。つまり外来魚扱いなのです。


しかし、もしその中に古来からの血統を宿したイワナの一族が息づいていたとしたら。


間違いなく日本のトラウトシーンに残る事件となるに違いありません。


私たちはここまで、何本かの沢を調査目的で登りました。そのほとんどが水が涸れていて、生命感が感じられない場所です。当然イワナもいません。


それでも、もしかしたらまたどこかにあのドラゴンのような謎めいたイワナがいるのではないか。そんな思いが私たちを駆り立てるのです。


イワナについては、当面そんな私たちの釣行の様子を随時アップしてゆきたいと思います。


どうぞよろしくお願いします。


(文・写真 KUMOJI)

米良鹿釣倶楽部

米良鹿釣倶楽部は、釣りを通じてトラウトの学術研究に対する協力および漁協活動の支援を行うNPO法人です。

0コメント

  • 1000 / 1000