フシギなエニシ(九州イワナ 調査釣行 3)

「まさか!? ウソでしょ⁉︎ こんなことって、ありえます⁉︎」

「・・・ありえないですよね。」

うららか、というよりは、もう少し強く透明な陽射し。


人の痕跡(こんせき)なんてまるでないハイランド。


あくまで透明な沢の水と、目を覚ましてキラキラと飛び交う大小さまざまな昆虫たち。


天空の庭、とでも言いたくなるその景色の中で思わず2人で大声を上げ、そして笑いあいました。


大体、前の晩からそんな兆候はあったんです。色々と変で、でも愉快でした。


この調査の前夜、米良鹿釣倶楽部 福岡支部長のbrussburnerさんとフジくん、そして私の3人でたまたま入った宮崎県のとある田舎のお店でのこと。


たまには釣りとか忘れて、某テレビ番組「町中華で飲ろうぜ」ばりにまったりと、オヤジたちはゆる~い呑み会をダラダラと飲っていたのだけど、


ふとしたきっかけで、店主の奥さんが「たまたま」以前brussburnerさんの職場(福岡県)のすぐ、本当にすぐそばでお店をやっていて、福岡地元トークに花が咲いて、


これまた「たまたま」カウンターに座っていたお客さんが、ご自分が持っている山の奥には、随分昔からイワナが沢山いて、なんて話しも出てきてしまい、町中華モードは突如強制終了。一気に調査モードに突入。


「それはどこですか!?」


「え、そんな低い標高に!?」


「いや、私たち実は〇〇でイワナの調査に来ていて~。」


するその時、これまた「たまたま」タイミング良く岩槻先生からの電話。


「先生!! 実は、今目の前に~。」とここから先生のお客さんへのヒアリングが約15分。


そんなこんなで、たまにはのんびり飲んで、たっぷり寝て、英気を養って次の日に~なんて目論見はすっかり外れてしまった夜だったのです。



そんなこんなで明けて翌朝。睡眠不足を押し殺しながら現場到着。


この日は昨年から色々お世話になっているPatagoniaの福岡支店からスタッフのお2人が合流して合同イワナ調査。その内の1人、Nさんは普段サーフィンのご担当で、渓流釣りは初めてとのこと。


まだ時合じゃないだろうと思い、入渓地点でbrussburnerさんとフジくんが彼に簡単なレッスン。


私はその様子を後ろから見ていたのですが、ご実家が漁師をやってらっしゃるおかげか、さすがアウトドアアパレルの店員さんだからか、初体験だというのにNさんは問題なくピンポイントキャストをこなします。


ひとしきりしてフジくんが言ったこと。


「彼、すごいと思いますよ。何がって、ヴィンテージのカーディナルC3を使ってて、1回もライントラブルを起こさないんですよ。」


確かに。


(なぜかbrussburnerさん、彼のためにと気合を入れて中学校時代から愛用しているC3を持ってきていたのです。初心者向けには国産リールの方が良かったような・・・(笑)。)


そして私は、普段からほぼ毎日(!!)シーバスフィッシングに行っているというIさんと2人、かなりの標高差といくつかの難所を乗り越え、支流の源頭、魚止めを目指しました。


ここは私たちが岩槻先生からサンプル採取を強く求められている場所。つまり九州在来イワナの疑いが濃いイワナの谷なのです。


振り返って、私が先生に初めて出会った頃に比べると近頃の岩槻先生のイワナ調査・研究は、大分進んでいるようにも見えます。


もちろん、先生の発表がなされるまでは軽々しくお伝えすることは出来ませんが、何となく九州イワナの存在証明の外堀は埋まりつつあるように私には感じられるのです。


ただ、こればかりは学問的な話し。先生の研究がなるべくスムースに進むよう、私たちは私たちに出来ることをやらねばなりません。


この日、天気は快晴でしたが、水量が多く、まだ気温や水温がそれほどでもなかったのか(多分腕のせい。)、私のドライフライには全く反応がありませんでした。


代わりに、ルアータックルを持参していたIさんのミノーにはここぞ、というポイントで大抵反応があります。


前回ここに来た時にフライの方がきっと良いと思って持参したのですが、今回はIさんがいてくれて本当に良かった。もしこの日彼がいなかったら、採取できたDNAサンプルの数は激減していたに違いありません。


そしてこの日のビッグワンもやはりIさん。


ダウンクロスでネチネチと頭上を攻められた彼は、たまらず岩陰のボトムからIさんのミノーをひったくりました。


体長はジャスト9寸。いかつく、真っ黒で精悍な顔つきのオス。


この源頭に近い水量が限られたフィールドではトロフィーといっていいと思います。


その姿はまさしく源流の宝石。

ヤマメと違ってなかなか大人しくならず、グネリグネリと嫌がる彼をなだめすかしつつもどうにか記念撮影を行いました。


そして、色々と記録を取り、サンプル採取。


ただ釣りをするのに比べたら、手間も時間もはるかにかかりますが、逆に言うとこんな積み重ね1つ1つこそが私たちの大事な調査活動です。


別にカッコつけるわけではないのですが、ここに何度かは来ていた私は、Iさんが釣ってくれて、サンプルが取れればそれでいいと思っていました。


要するに、Iさんが数匹釣った後も私はまだボーズだったということ。


言い訳がましいですが、2人ともこの時までイワナのライズは1回も見ていませんでした。「まぁボーズでもしょうがないな。」そう思っていた矢先、突然、午前中最後のポイントでこの日初めてイワナのクルーズが目の前に現れました。


まるでひなたを散歩でもするかのようにゆらりゆらりと漂いながら小さな小さなミッジを口ばしで上品に「スッ、スッ。」と吸い込む様子が私の7~8m前で繰り広げられます。


グっと息を殺してふわりとキャスト。すると上手い具合に彼女のクルーズする鼻先にフライが流されていきます。


彼女は疑うそぶりも見せず、まるでクジラが海面に姿を現す時のようにその美しい模様と曲線美を水の上に現し、私のフライを押さえつけるように捕食しました。


反射的にロッドをあおると、天国から地獄へ来てしまったと言わんばかりに首をイヤイヤと激しく振りながら水面直下で必死の抵抗を繰り返します。


始まりから終わりまで、ほんの数分のミニドラマ。


大きさだって8寸ちょいで、長年やってきたルアーで釣っていたら特になんてことないサイズ。


だけど、フライ歴まだ1年もない初心者として見ると、この1匹との出会い、見つけてからランディングにいたるまで映像は、多分一生忘れないと思います。


全てが美しく、何よりいとおしく想える。そんな気持ちです。


もちろん、ルアーフィッシングも今でも大好きだし、これからも続けていきますが、同じトラウトを釣るのに、これほど違う光景を見ることが出来るなんて不思議。


この日は本当にこれで満足でした。これほど美しい映像が脳裏に残れば、もう。


もう一つ、実はこの日はずっと佐藤成史さんが作ってくれたフライで釣り上がっていました。


今シーズン、何回かフライで1日中過ごしてきたのですが、キャストミスなどでロストするのが怖く、なかなか佐藤さんのは使う気になれなかったのですが、今シーズンの初イワナにこのフライで出会えたこともかけがえのない思い出になりました。


結局、核心区間での釣果は彼女で最後、この日釣ったイワナたちは全てなるべく傷つけないようにDNAサンプルをもらい、元のポイントに優しくリリースしました。



そしてこの日最後のドラマはハイランドの川辺で2人、昼食を食べていた時に起こりました。


おにぎりをほおばりながら、私はふと左の足元に青くキラキラ輝くものが落ち葉の中に見えていることに気づきました。


一瞬、「ドバミミズかな?」そう思いました。そしてなぜか分かりませんが、普段はそんなもの触らないのにふとつまんでみると、それは青いグローブの指。


ここまで長い距離を歩いて、途中から見かけた人の跡といえばいつのか分からない古びたペットボトル1本と登山者のためのピンクテープのみ。本当にそれだけ。そんなフィールドで見つけた誰かが落としたであろうグローブ。


こなごなになりつつある落ち葉の中からそれをズルリと引きずり出してタグを見、一瞬目を疑いました。



「これ、Patagoniaのです・・・。」

「えーっ!!??」


Iさんを指さし、


「Patagoniaの方ですよね?」

「はい。」


グローブを指さし、


「Patagoniaの物ですよね?」

「そうですね。」




こんなことって、そうそうあるもんじゃないです。


このことや、前の晩のことに限らず、ここまで色々なことが、偶然とは思えないタイミングで進んできました。


この谷だって、岩槻先生は数十年前から知っていらっしゃったのですが、なぜか昨年、突然に地元の古老の方からかなり有力な証言が得られ、そこから本腰を入れ始めたのです。

何とも不思議な縁(えにし)に導かれているような気持ちになった今回のハイランド調査。


何よりその解析結果が楽しみです。


(文・写真 KUMOJI)



米良鹿釣倶楽部

米良鹿釣倶楽部は、釣りを通じてトラウトの学術研究に対する協力および漁協活動の支援を行うNPO法人です。

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