新緑の薫風(ヤマメ・アマゴ調査釣行紀 1)
<令和2年5月某日>
「明日は○○川に行こうか。」
次の日釣行を共にする予定の同行者が口に出した名前はずっと気になっていた川だった。
こうして行ったことのない川に行く予定が立つだけで、冒険心が強い自分の気分はルンルンである。
そもそも渓流や源流釣りが好きな人たちには冒険心が強い人が多いと思っている。
地元の釣り友達とは中学生の時から、地元の谷の林道が無くなる地点のずっと奥まで通っていた。
そして今は自分の一回り年上や、2倍くらいの年齢のお兄さんたちと、在来系統のヤマメやイワナを求めて、あちらこちらの谷に通っている。
しかも、明日行く川の上流区間は同伴者も未踏、下流区間で採ったサンプルは遺伝子解析の結果、在来の可能性が高く特徴的な遺伝子、なんてワードを聞くとそのルンルンは2倍、3倍にもなる。
車を降りて1時間弱歩いて入渓。降り立つとそこはフラットな渓であった。
おそらく下の集落の水源地になっているのだろう。ホースを管理するのに使われていると思われるロープを頼りに滝を高巻く。
釣り始めて間もなくやや痩せているが、9寸弱くらいのヤマメが釣れた。
去年の産卵に参加して体力の回復途中なのか、理由があって餌を口にできていないのかは分からない。
こういうヤマメが釣れたときは「申し訳ない」という気持ちや、釣れてくれた嬉しさ、痩せていても生きようとしルアーに食らいついてきた逞しさ等が混ざって複雑な気持ちになる。
出来ることはダメージを残さないように優しく扱い、長寿を祈ってそっとリリースすることしかないんだけども。
知らない間にこんな写真も撮られていた。
自分は比較的身長が高い方なので、ポイントに接近する時は人より大きめにかがまないといけない。
ストーキングは渓流釣りではとても大事な技術。
そしてとにかく、この川のヤマメたちの体色やパーマークの形状や大きさはバリエーションに富んでいた。
おおげさではなくて、同じポイントで1匹ごとに違う模様の個体が釣れることが何回もあった。
自分は大学でヤマメの研究をし、関東や九州の色んな川を見てきたつもりだけど、こんなに豊かな川はそうそうないと思う。
そして、同行者がこの川ではおそらく特Aクラスのポイントと思われる滝つぼで9寸ヤマメを釣り上げる。
個人的に源流釣りはサイズを求める釣りではないと思っている。かっこいい魚体だったり、美しい模様だったりそんな魚を釣りたいと思っている。
でもやっぱり目の前でデカイ魚を釣られると悔しいし、しかもその魚がかっこいいんだからなおさらだ。
ヌラリとした体表。
ほれぼれするような体色。
ワイルドな付き方のパーマーク。
この日何度目かのハイライト。
ところで。
自分は今年から趣向を変えてラインをPEからナイロンに変えている。
源流でPEラインを使うとリーダーとの結紮部に蜘蛛の糸やゴミが溜まったり、糸ふけが出やすいためフッキングできない事が多々あったためだ。
じゃあナイロンラインにしたら上手くいくのかというとそんな事もなく、PEラインとの微妙な感覚の違いから反応に気が付かずフッキングが上手くいかないことが増えた。
この個体も例にもれず…。
絶対にヤマメがいると分かっていたポイントだし、予想通りの場所から追ってきて食う瞬間が見えてのバラシである。つくづく自分が嫌になる。
そういう源流の小さいポイントでバラした魚は原始的な手法で確保する。いわゆる手づかみってやつだ。
魚の手づかみは小学生低学年から家の下の沢でアブラメ相手にやっていた。ある意味では釣りよりもキャリアが長いのである。
手に取った魚体を見た瞬間イワメを捕まえたのかと疑ってしまった。
渓は狭まって水の流れ幅は3メートルもなく、深さは膝下くらいもないところだ。
研究のためやらなければならないとは言え、ヒレのほんの一部にハサミを入れることさえおこがましく感じてしまう。
そこから300mくらいはチビちゃんから大人のヤマメまで、パラダイスといってもおかしくないくらい魚影が濃く、釣り目的で入る人はほとんどいない事が予想される。
脱渓予定ポイント付近に来ると、小さな滝があった。滝の上からは全くヤマメの反応がなく、魚止の滝になっているのであろう。
「また来年釣らせてね」
心の中で呟いて、渓を後にした。
谷から里へ降り、カメラマンに姿を変えた同行者は我が家の近所の木製の彫り物を被写体に。
カメラを向けるまで、正直何とも思ってなかった風景だった。
地元の人と地域外から来た人ではやはり目に付くものが違うのかなぁ。
よく5月は「風薫る~」とか、「緑萌える~」なんて言われるけど、この日はまさしくそんな日。
谷間を吹き抜け、山里で頬をなでた新緑の薫風(くんぷう)は、自分たちの歓声と思い出をどこに運んでくれたのだろう。
ヤマメのヒレを保存するビンは、オトコノコたちの冒険の証。次はどこのヤマメに会いに行こうかな。
(文:上小丸KID 写真:KUMOJI)
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