四国イワナ(FlyFisher №.301)

「四国と九州には在来のイワナはいない。」


現在流布(るふ)するこの定説を覆し、彼らの存在を証明することはまさしく岩槻先生のライフワークの1つ。


私たち倶楽部の活動エリアは今のところ九州限定で、九州のイワナについてはそれこそ色んなところに何度も行ってきましたが、この他に岩槻先生は四国のイワナについても長年かけて調査・研究を行っておられます。


そして昨年、先生より四国イワナに関する中間報告とも言える論文が発表されました。


多くの文献と、膨大な聞き込みの結果、イワナの生息が確認された谷は香川県を除く愛媛、徳島、高知県の3県、合計108箇所。

ただし、その中で在来魚の可能性が特に高く、また古くからイワナに関する呼称があったは、2つの河川のみでした。


1つは、徳島県と高知県を流れる吉野川で、日本国内でイワナの養殖技術が発達する以前からサツキマスのことを「白いアメマス」と呼んだのに対して、イワナのことは「黒いアメマス」という名前で区別していたそうです。


もう1つは愛媛県を流れる加茂川。吉野川と同じ時期にここではアマゴとは別に「クロマス」または「黒いマス」という呼び名をイワナに対して用いていたそうです。



また同じく昨年、あの「瀬戸際の渓魚たち」の筆者であり、国内屈指のフィッシングルポライターでもある佐藤成史さんも四国イワナについて、昨年発売されたフライフィッシャー№301の中で執筆されています。


佐藤さんについては、昨年の春、宮崎の渓流を取材、執筆していただきました。その時のことはまだまだ私たちの記憶の中で鮮やかな色彩を放っています。


そして今回の記事も、全国各地をくまなく行脚(あんぎゃ)してきた中で磨かれたその観察眼から、鋭くもロマンあふれる考察をしていらっしゃいます。


魚類学者という立場でイワナという魚の真実を探究する岩槻先生と、

釣り人、ルポライターという立場でフィールドの現状について問題を提起する佐藤さん。

幸せなことに、お2人ともに親交を持たせていただいてる私から見ると、まるでそれは2つの違う登山口から出発しながらも、最後は同じ1つの頂上を目指す2人のクライマーのようにも感じられます。


また、佐藤さんが記事の中で使っておられる象徴的なフレーズに、

「定説の呪縛から解かれない限り、真理の追及は困難だ。」

というものがあります。

「四国と九州に在来のイワナはいない。」

この定説は今から約60年も前、1961年に発表された学説が元になっています。

しかし、その時代にはもちろんインターネットはなく、いわゆる情報インフラは今とは全く比較になりません。

岩槻先生は常日頃からネット上の情報をチェックし、気になるものがあると、メール、電話、また時には直接訪問までして極力正確な情報を得るために徹底的な「聞き込み」を行われます。

以前、佐藤さんがそんな先生のことを、

「まるで凄腕(すごうで)の営業マンみたい。」

と例えられたことがありますが、全く同感で、調査に行った先で地元の方々の家にニコニコ笑いながらアポなしで飛び込んでいく、なんてことはザラなのです。


そんな聞き込みの結果、

「ここにはずっと昔(養殖技術が発達する前)からイワナはいたよ。」

なんていうご年配の証言もたくさん得ておられます。

私のようなシロウトからすると、それだけでもうそこに在来のイワナがいた、ということでいいんじゃないかと思うくらいですが、学問の世界で定説を覆すということはそんなに甘いものではないようです。

(図 出典:鹿児島県自然環境保全協会「Nature of Kagoshima vol.47」2020年 6ページ)

今回の論文では聞き込みの結果から類推される在来イワナの可能性についてのみ述べられていますが、もちろん同時並行で遺伝子解析も行なっていて、ヤマメ・アマゴ等でよく使わせてもらっている上の図のイワナ版の作成にも取り組んでおられます(現在作成途中とのことです。)。


また、佐藤さんも、四国で出会ったイワナたちの中に北海道のオショロコマや、秋田のイワナとそっくりの個体がいることを写真を使ってご説明されたり、以前滋賀県で撮影されたナガレモンイワナと同じ模様の個体がいたことをレポートしたり、

東日本では全く見られない模様、虎紋(トラモン)イワナを美しい写真とともに見せてくれたりすることで、彼らが紡いできたであろう長い長い歴史と美しい色彩をシンクロさせながら、四国イワナのロマンあふれる世界に私たちを誘(いざな)ってくれます。

大学教授の学術的に間違いがない分析・研究とエキスパートアングラーの豊富な経験に基づく観察眼。


半世紀以上続いてきた定説を乗り越え、新しいそれを根付かせるためには、きっとこの2つの視点のどちらをも欠かすことが出来ないでしょう。




つくづくですが、岩槻先生と佐藤さん、このエネルギッシュなお2人はきっと日本のトラウトたちのために出会うべくして出会ったのでしょう。


軽々しくは言えませんが、もしかすると「その」時はそう遠くないのかもしれません。


(文・写真 KUMOJI)


◎参考文献

※「四国におけるイワナの生息実態と聞き込み調査による過去の生息実態」

https://www.museum.kagoshima-u.ac.jp/ichithy/INHFJ_2021_008_047.pdf

岩槻幸雄 他、 2021年 Natural History of Fishes of Japan


※「サクラマス類似種群4亜種におけるCytochrome b全域(1141bp)解析による6つの遺伝グループの生物学的特性と地理的遺伝系統」

http://journal.kagoshima-nature.org/047-002

岩槻幸雄 他、 Nature of Kagoshima Vol.47






米良鹿釣倶楽部

米良鹿釣倶楽部は、釣りを通じてトラウトの学術研究に対する協力および漁協活動の支援を行うNPO法人です。

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