まるで美術館をめぐるかのように(ヤマメ・アマゴ調査釣行記5)

「秘渓(ひけい)」

何とも魅力的な響きです。

こんな場所が1つでもあることが、どれだけ鱒釣り師の心と人生を豊かにすることでしょうか。

例えるならこの秘渓はまるで大自然が創造した美術館のよう。


晴れた日に川筋を歩くだけで、えも言われない幸福感を与えてくれます。


その上、こんな魚にまで出会えるなんて・・・。



9月下旬、シルバーウィーク中のとある1日のこと。


「ちょっと待ってて。今の感じからして、あと20分もすればここに陽が射してくるはず。そしたらね、い~い景色になるんだよ。」


「分かりました。待ってましょう。」


(15分後)


「やっぱりまだもう少しかかるみたいだね。しょうがない。先に進もうか。」


「了解です。それでも本当にキレイですね。」



四輪駆動車でも苦労させられるここまでの道のりと、人の跡が何一つないその谷底。


両岸ともに杉の植林がほとんどない雑木林。そこからしみ出てくる清らかな水は、量こそ決して多くないけれど、目を奪われるような透明度。


それらが全てあわさって、私たちの特別な休日を演出してくれます。


「赤」「紅」「朱色」という色彩のヤマメが多いこの水系の中で、この谷は他と違い、紫とピンクを混ぜたような独特の色合いのヤマメが釣れます。


またそれだけではなく、模様や体型もどこか普通じゃない、そんな野性味あふれる魚たちに出会えるフィールドです。



この日、釣り始めてしばらくはあの紫色たちには出会えませんでした。


ただそれでもこんな乱れたパーマーク、どことなくずんぐりとした体型、グリグリとした黒点が特徴的な愛らしい魚たちが顔を出してくれます。


こんな一見普通っぽい個体も、もれなくDNAサンプルは採取してゆきます。


岩槻先生いわく「サンプルを取る魚を選んでしまうとバイアスがかかって(偏ってしまって)正しい分析結果が得られなくなることがある。」そうです。


ずっと前から分析をしてもらいたかったこの谷、いつもにもまして慎重に1つ1つのサンプルを採取してゆきます。


それからしばらくしてついに、目指していた色に出会えました。


同行したフジくんと2人、思わず声を上げてしまったほどの色彩。サイズは決して大きいわけではありませんが、そんなこと全く関係なく感動させられます。


下地はキラキラと金色に輝き、その上に紫とピンクをにじませたような色が乗っています。


そしてまるでアイシャドウを塗ったかのような眼の上の青、もう、ずっと見てても飽きない、この谷のアートです。


そしてクライマックス。


流れがカーブした先のポイントで、先行していたフジくんが水面を両手でおおっています。


「ん?なにやってんの?」


そう尋ねる私に、眼をマルマルと見開き、何やら口をパクパクさせています。


ただごとじゃないその様子に、彼の両手の下には魚がいることを悟りました。


(実は彼、この日はランディングネットを持ってきていなかったのでした。)


慎重に私のネットに横たえ、あらためて見つめたその姿。


濃密な黒点は背ビレにまでおよんでいて、そこだけ見るとまるでニジマス。


その色彩は先端にかけて美しいグラデーションを描き、まるでイルミネーションのように発光しているよう。


細長く不規則なパーマークの上には、まさしくピンクと紫を混ぜた花びらのような色。 


この色に出会いたかった。


特徴的なその色は尾ビレの先端にまで伸びています。


それはまさに大自然が醸造した芸術品。


秘渓美術館がずっと育んできた収蔵品。



全体的なフォルムはどこかずんぐりむっくりとしていて、イトウやイワナみたい。


頭の大きさの割にはボディがなんとなく寸詰まりで、

「これ、本当にヤマメ?」

どちらからともなく、そんな声が出てきます。

じいっと見つめているとゾワゾワと全身がしびれるような、吸い込まれるような不思議な感覚にとらわれます。


ずいぶんと長い間彼を眺めた後、DNAサンプルをもらい、感謝を伝えて元の流れに戻しました。


この日本では魚食は根強い文化の1つです。


それを否定するつもりはないですが、ここいるような魚は特別であってほしい。

釣ってもどうか食べないでほしい。

むやみな放流などしないでほしい。

優しく鑑賞するだけにしてほしい。


そんなことを願いたくなる場所です。


「また来年、来ますね。」

そうつぶやくようにお礼を言って、この谷を後にしました。


※この調査は、パタゴニア環境助成金プログラムの一環として行われました。
(文・写真 KUMOJI)

米良鹿釣倶楽部

米良鹿釣倶楽部は、釣りを通じてトラウトの学術研究に対する協力および漁協活動の支援を行うNPO法人です。

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