ヒイロヤマメと佐藤成史さん

実は、近々あの全国的に有名なフライフィッシャーでフィッシングライターでもある佐藤成史さんが宮崎にいらっしゃって、何と私たちがフィッシングガイドを務めるという、とんでもない事態になっております。


そしてここまで、事前のやり取りをさせていただく中で、佐藤さんには事前にこのホームページ以外にも私の個人ブログも見てもらい、どんなヤマメに興味があるかうかがってみました。

すると、佐藤さんは1年前の3月に投稿した小さなヤマメの写真をご覧になり、

「胸ビレまで赤いタイプのヤマメは、東日本では見たことがありません。
こちらでは、ヤマメの胸ビレは山吹色というのが常識です。
集団全体の発色傾向が、一部の九州ヤマメの集団では基本的に異なる感じがします。」


というメッセージをくださいました。


最近復刻された名著「瀬戸際の渓魚(さかな)たち」に代表される佐藤さんの長年にわたるフィールドワークと執筆活動。全国津々浦々(つつうらうら)の渓流魚をご覧になってきた方のコメントに少し心が震えました。

ただ、この記事にも書いたとおり、昨年この川は全く調子が良くありませんでした。

そこで、日程の大半を費やしてもらう上小丸エリアのポイント選定はKIDに任せて、私とBORAヤンでこの川を1年ぶりの生息実態調査。


果たして赤いヒレのヤマメは、まだ生息しているのか。いないのか。



<令和3年3月某日>

解禁したはいいものの、週末になると天気が悪くなる今季の九州地方。


この日も、荒れきった林道を走るにはあまり気持ち良くはない雨模様の中、BORAヤンのジムニーはうなりを上げながら林道を進み、途中から小一時間くらい歩きました。


雪代なんてものがない宮崎県では、3月の解禁からしばらくは渇水状況が続きます。


週末ごとのちょっとした雨ではその状況は変わらず、この日も水はとても少なく、少し心配になるほど。


しかし、この日、サイズは小さいながらも美しいヤマメたちは無邪気に私たちのルアーにじゃれついてきてくれます。


この個体は、アブラビレのとこがツルリとしてなにもない1匹。


「去年俺らがサンプリングしたヤツじゃないの~?」


「いやいや、全然傷跡がないッスよ。きっと珍しい個体スよ。」


果たしてどっち?



この後もこんなガタガタしたパーマークの個体や、


2段になったパーマークが今にもくっつきそうになっている個体


そして、こんな真ん丸のパーマークはかなり原始的な遺伝系統である可能性が高いそうです。


たった数㎞の間で繰り広げられる様々なデザインは、いつも私たちの目を楽しませてくれます。


何より、昨年絶不調で、”瀬戸際”の状況下と思われたこの川が思ったよりも回復してくれているのが嬉しかった。


2年前は尺クラスも釣れてくれたこの渓流、調子の良し悪しはきっと自然のバイオリズムのせいでもあるのでしょう。



雨で白く曇る空気の中、咲き誇るミツマタ。


ひそやかに、でも、見えない熱気を放ちながら沢を釣り歩くアングラー。

そして、出会いは突然訪れました。

ルアーをくわえ、水中でひるがえった瞬間、ほんのコンマ数秒、その色彩は脳髄にまで強烈に響きました。


そして私は大声で叫んだ。


「赤いぞ‼︎」

ほんの15㎝くらいの小さな魚体。


でも、その美しさといったら。

雨足が強まり、レインギアをバチバチと叩く音の中、それはまぎれもなく発光していました。私の目にはそう見えたのです。

釣りが終わり、岩槻先生や佐藤さんに画像を送りました。


私は以前から先生がサンプルを欲しがっておられる「紅(くれない)ヤマメ」だと思い、そう伝えると、

「いや。紅ヤマメじゃないですね。あれは赤さがしま模様になって出てきます。これは全体的に赤い。何か他の名前を考えましょう。」


とおっしゃいます。

しばらくみんなで議論し、納得したのが、理事長が言った、

「緋色(ひいろ)ヤマメ」

でした。


荒々しく、猛々(たけだけ)しく燃えるようなこの模様、確かに焼き物でよく言われる緋色がピッタリのような気がします。



もちろんDNAのサンプルを採取し、岩槻先生に渡しました。

果たしてどんな結果が出るのでしょうか。

また、ぜひ、佐藤成史さんがいらっしゃった時にヒイロヤマメが顔を見せてくれて、国内最高峰のトラウト写真家のファインダーに収まって欲しいと思います。

(文・写真 KUMOJI)



米良鹿釣倶楽部

米良鹿釣倶楽部は、釣りを通じてトラウトの学術研究に対する協力および漁協活動の支援を行うNPO法人です。

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